犬はどこだ/スタンド・バイ・ミー 感想

米澤さんの本を読んでいくうちにおぼろげなからわかってきたのだけれど、
この人の書く女性はだれもかれも「負の面」を持っている。。


身内の墓参りよりも身近の好奇心を優先する女性、
”次”に役立てるためだけに殺人ゲームを観察する女性、
人生をゆがめられそうになって、非合法な方法で邪魔な要素を消し去る女性、
どこまでも執念深かったために避けられていた女性、
他人を利用することに躊躇しない女性、
相手にあれこれ口を出す上にひとこと余計な女性。



なんというか、フィクションの女性が、こういう「嫌な生々しさ」を持ってることが少ないから、すごくユニークに感じます。



で、今回読んだ「犬はどこだ」なんですが、
二人の、キャラクター性(特に探偵という職業に対しての姿勢)が異なる
探偵の捜査がそれぞれの視点で交互に描かれていき、さらにその二つは、なんというか凄く「結びつく」んです。でも片方の探偵が「あれ、これどこかで聞いたぞ」っていう反応をするのが遅くて、読者としてはちょっとやきもきさせられましたね。


最後に二人が集めた情報をあわせて、事件の情報が全て明らかになり、
消えた女性が今どうしているかもわかるのだけれど、そこからお話がもう1ステップ進むところに感動を覚えた。


金田一少年の事件簿」みたいな、安っぽい説教はなく、完全に人としての打算が働くことになるわけですね。そこは、主人公の探偵としてのスタンスが大きいのだと思います。もしも彼の代わりに「もう一人の探偵」が向かっていたら、恐らく嫌な展開になっていたでしょうね。


話のオチは、すごく新鮮でした。
細かくコメントするとネタバレになってしまうのでやめるけれど、
米澤氏はどこまでミステリの構造について考えているのだろう。



スタンド・バイ・ミー 感想
「ショーシャンク」もそうだったように、最初映画を先に見ちゃったしイマイチかなあなどと思っていたのだけれど、全然違った。


映画だとついつい牧歌的な雰囲気や、少年時代というノスタルジーに浸ってしまっていたのだけれど、主人公のゴードン・ラチャンスからの視点による語りは、暗闇の中に誘われるようだった。



「これは無視されるということについての問題なのである。わたしはハイ・スクールで『見えない人間』という小説の感想文を書くまで、その問題を明確に把握できなかった。(中略)この『見えない人間』というのは、黒人のことなのだ。人々は主人公が失敗でをしでかさないかぎり、彼には注意を払わない。彼という人間の身体を透かして、向こう側を見ている。彼が話しても、誰も返事をしない。主人公は黒い幽霊と同じだ。いったん話に引き込まれると、わたしはその本をジョン・D・マクドナルドそのもののように、むさぼり読んだ。なぜなら、作者ラルフ・エリスンはわたしのことを書いていたからだ」


「我が家の夕食のテーブルで、ストライクをいくつとったのか尋ねられるのはデニーだったし、サディ・ホプキンスのダンスに誰を誘ったか訊かれるのもデニーだったし、いっしょに見た車について男同士の話をしたいと言われるのもデニーだった」


「わたしが言う。”バターを取って”父が言う。”デニーおまえ、本当に軍隊に入りたいのかね?”結局わたしは自分でバターをとる」


「わたしが九歳のときの出来事を紹介しよう。わたしは言った。”そのくそったれなジャガイモをとってくれない?"母は言った。”デニー、今日、グレイスおばさんからの電話があって、お前とゴードンは元気かって訊いてらしたよ”」


できすぎた兄を持ったために、もともと望まれていなかった次男のゴードンは空気となりはてていたが、兄のデニスを憎んだりもしなかったし、崇拝もしなかったことを一応書いておく。


心に闇を抱えて、溺れそうになっているゴードンに対して、彼の親友であるクリスもまた溺れかかっているのであった。


「街のひとたちがおれんちのことをどう思ってるか、おれは知ってる。おれのことをどう思い、どんなふうになるか予想していることも、知ってる。あのとき、ミルクの代金をおれが盗ったかどうかさえ、おれは訊かれなかった」


他にも、第二次世界世界大戦で英雄だった父親を持つテディ、臆病で弱虫なバーンなどがいるのだが、ゴードンとクリスの秀逸なやりとりのためだけに存在している舞台装置と言い切ってしまってもかまわない。


いや、もう、とにかくすんげぇんだわ。大自然の中を親友と歩きながらクリスが漏らす本音、悲観的な人生観ときたら壮絶だね。さっき引用した台詞の前後は、車に乗っている時のジェレミー・クラークソンよりも過激で、すごく読み応えがある。物語の要である死体を発見したあとも、話の中心はゴードンとクリスの間にあって、彼らは同じ結論を出すことになるんだなー。


いやー、まじで面白かった。どれくらいかというと、これが面白すぎて二つ目に収録されている「マンハッタンの奇譚クラブ」を読む気がうせたくらいだ。すげー面白かった!